手お礼集




春の嵐


中学校の入学式。
これから始まる新しい生活に期待に胸を膨らませながらも、どこか緊張している新入生に混じってヒイロはいた。
元より友達は少ない…と言うよりほとんどいなかったヒイロは、新しいクラスになっても友達を作る気も無く、ただ1人指定された自分の席に座り窓の外を見ている。
そんな独特な雰囲気を出しているヒイロに話しかける勇気を持つ者はいないと思われたが、ただ1人果果敢にも話しかける者がいた。
「新学期早々何ぶすっとした顔してんだよ、ヒイロ!」
さっきまで別の場所で騒いでいたのに、いつの間にかヒイロの前の席に座り話しかけてくる。名前は黒板に貼ってある座席表で知ったのであろう事は容易にわかった。
異様に馴れ馴れしくしてくるこの学生…長い髪の毛をざっくりとみつあみにして浮かれた様ににこにこと笑っている。
ヒイロは興味無いと言わんばかりにシカトするが、みつあみの学生は気にする様子もなくヒイロに話しかけ続け、あまりのしつこさにヒイロが一言文句を言うと、反応を示したことが嬉しいのか更にうるさくなりヒイロは自分の失態に心の中で舌打ちをした。
結局ホームルームが終わってもまとわりつかれてしまい、ヒイロとしては早々に帰りたいのに話は止まらない。どうしようかと悩んでいると、やけに長い前髪が顔の半分を隠している、2人よりちょっとだけ背の高い学生がこちらに近づいて来た。
「デュオ、帰るぞ」
デュオと呼ばれたみつあみの肩をぽんっと叩き一言だけ言うと踵を返す。デュオは悪態をつきながら渋々ついていくとすぐに振り返り、また明日な!と手を降りながら教室を去っていった。
あんなにしつこく自分にまとわりついていたのに、後から来たやつの一言であっさりと帰っていくデュオに、何かわからないモヤモヤしたものを感じ、そんな気持ちを降りきるようにヒイロも教室を出たのだった。


そして次の日…

昨日と変わらずヒイロの横で騒がしくまとわりついてくるデュオ。
朝から付きまとわれ正直げんなりしているヒイロには昨日の帰りに感じたあれは一体何だったのかわかりそうになかった。


2
入学式から数日後…ヒイロは休み時間や給食の時間、授業中でさえ話しかけてくるのに、ホームルームが終わるとさっさと帰ってしまうデュオに悶々とした日々を送っていた。
きっと自分が聞けば答えてくれるのだろうが、何だかしゃくな気がして聞けないでいる。

朝、登校してみればしまりのない顔がいつにもましてゆるくなっていて、何か落ち着かない様子でそわそわしてはにやけていた。

「あっ!ヒイロっ聞いてくれよ!」
自分の机に荷物を置こうとすると、デュオは早速近寄ってきてヒイロの肩を乱暴に揺する。ちょっと眉をしかめたヒイロだったがすぐに目線だけで続きを促した。
「やーっと生まれたんだよっ!俺の妹がさぁ!!もうそれがすっごく可愛くてさ、なんつーの?目に入れても痛くないっつーか」
止めなければ延々と話し続けていそうなデュオを尻目に、ヒイロはだから早く帰っていたのかと一人納得するが、同時に疑問が湧く。あの長い前髪の生徒の事だ。上履きは自分たちと同じ学年だと言うことを色で教えてくれている。ただの友達なら別に一緒に早く帰る必要も無いのに、わざわざこの教室までデュオを迎えにきて一緒に帰っていく…。
「…い、おーいっ!聞いてんのかヒイロっ!」
デュオが顔の前で手をヒラヒラさせながら呼べば、思考の波にのまれていたヒイロははっとする。
「やっぱり聞いてなかったのかよ…」
まだ妹自慢が足りないのか、不満そうな顔が口を開きそうになるのをヒイロは遮り、あの学生は一体誰なのか問えばデュオは一瞬考えると思い付いたのか、あっと声をあげた。
「あートロワの事か!そういや言ってなかったな。あいつは俺の弟なんだよ」
弟、と言う言葉に記憶の中のトロワと、今ここにいるデュオを見比べてみるが、似ているところは全く無い。百歩譲って兄弟だとしても、明らかにトロワの方が落ち着いていて兄のようだ。
デュオは再び思考の波にのまれたヒイロの頬をぎゅっと引っ張ると、ムスっとした顔で腰に手をあてた。
「今どうせ似てないとか、あいつのが兄貴っぽいって思ってたろ!?」
分かるんだからな!といつも以上に頬を膨らませるデュオに、何でわかったんだ?と普段表情をあまり顔に出さないヒイロは素直に驚いた。
「お前みたいな仏頂面のやつにはなれてるからな!」
ふふんと得意気に鼻を鳴らすと、またヒイロの頬を引っ張り自分の席へと帰って行った。前を向くとすでに担任が教壇の前に立っていて、ざわついていた教室は静かになりホームルームが始まろうとしていた。

デュオに引っ張られた方の頬に手を当て、兄弟か…と出席をとっていることにも気がつかないで物思いにふけるヒイロだった…。

夏休みの友

なんだかんだとお互いの家を行き来する中に仲になったヒイロとデュオ。
夏休みの今、トロワも含め3人で涼しい午前中から宿題をしようと言うことになったのだが…。

窓に吊っている風鈴はぴくりとも動かず、扇風機から生ぬるい風が送られてくる。じっとしているだけでも汗が滴って気持ちが悪い。こんな中で宿題なんてできるかっ!とデュオは畳に大の字に寝転がった。
「暑い!何でこんなに暑いんだよー!!」
「叫ぶな。よけいに暑くなる」
「ヒイロの言う通りだ。叫んでないで手を動かしたらどうだ?」
「何でお前ら平気なんだよ…」
畳の冷たい場所を探してゴロゴロしている汗だくのデュオに対し、涼しげな顔をした2人は真面目に机に向かっている。デュオはようやく見つけた所に顔をべったりとくっつけると目を閉じた。
みんみんと暑く苦しく鳴くセミの声以外は、2人が鉛筆を動かしている音。たまにカラン、と麦茶の中で溶けた氷がコップに当たり音を出している。デュオの体温を吸収した畳はすぐに温くなり、新たに冷たい場所を探そうとした時トロワが口を開いた。
「はやく終わらせてプールにいくんじゃなかったのか?」
その一言でデュオは飛びあがり、投げ捨ててあった鉛筆を握り宿題に向かうとせっせと手を動かし始め、その姿をちらりと見たヒイロが単純なやつだとため息をついた。