もうこない未来へ
ようやく落ち着いてきた砂埃。淡い橙色の光がその隙間から射し込んできている。
橙色に染まった空や雲を、デュオはまだ熱を持っている壊れた相棒の上で眺めてから、散らばってバラバラになった破片に目をやった。
少し前までの姿が嘘のような欠片達。黒曜石の様な色は煤けてしまい、大地に同化してしまいそうだ。
デュオは辛うじて分かる頭部の方へ行き、汚れを拭ってやると、別れの挨拶を残して去って行ったのだった。
「トロワ!デュオを見ませんでしたか?」
ガンダムを破壊した後、これから忙しくなり皆で集まるのは難しくなるだろうからと、カトルの提案で一緒に食事を取ることになっていた。
もうすぐ約束の時間。トロワは丁度その場へ行くところでカトルに会ったのだが、どうも食事どころでは無さそうな雰囲気だった。
取り合えず、トロワはいやと短い言葉を返すと、カトルは一度自分を落ち着かせるために深呼吸をした。
そして、
「デュオを見かけたら教えてください」
と一言残し、カトルが先へ進もうとする。
「あいつの事だ、すでに食堂にいるんじゃないか?」
急いでいるカトルの背に声をかけると、カトルはトロワの方を向き横に首を振った。
「それがどこにもいないんです。部屋にあった荷物もなくて…。ラシード達が外を探してくれているんですが、まだ連絡もありません。彼が僕たちに何も言わずに出ていくとは思えないですし…」
「…ガンダムの所は探したのか?あいつは俺たちの中で一番、ガンダムに愛着を持っていたからな」
そのトロワの言葉にカトルはっとして、2人は急いでその場へ向かった。
強い風が砂を巻き上げている。
茶色く霞んだ視界からは、ガンダムたちの破片しか見えない。デスサイズが立っていた場所へ行ってみるも、やはりデュオの姿は見えなかった。
「ガンダムを破壊した後、デュオの様子がおかしかったんです」
帰り道、トロワに話すカトルの顔色は冴えない。
「大切な物を自分で破壊したからじゃないのか?」
相棒と呼んでデスサイズを大切にしていたデュオ。そのスイッチを押すのは、例えば親友をこの手で殺すのと同じ事なのかもしれない。
しかしカトルは首を横に降る。
「違うんです。表情が消えていつもと雰囲気が違った。僕が話しかけたら、はっとした様子で、いつものデュオの表情になったんです」
何か引っかかる、とカトルは眉を寄せた。
結局マグアナック隊が周辺を探すもデュオは見つからなかった。
比較的新しい建物が並ぶ住宅街。
丁度学校の終わる時間らしく、子供達が家へと向かっている。
騒がしくはしゃぐ子供達と対照的に、デュオは無言でたたずんでいた。
その表情に覇気はなく目は虚ろで、まるで幽鬼の様だった。
先ほど立っていた場所の近くにある公園は、遊んでいた子供がいなくなり、がらんと静まり返っている。
コロニーとは言えども地球と同じ環境に作られているため、夜は少し肌寒い。少し錆び付いたブランコに腰をかけ、鳥肌がたった腕を擦りながら、デュオは街の明かりをぼんやり眺めていた。
デュオがいなくなってから約1ヶ月、ようやく彼の居場所が掴めた。L2のとあるコロニーの病院から、プリベンターへ連絡があったからだ。
病院の話によると、デュオは路地裏で腹部を刺され、血溜まりを作って倒れていたらしい。刺したと思われる加害者は、凶器の包丁を握りしめたまま、デュオのわきに座り込んでいた。警察官がきても自力で立つこともできず、緊張のためか体は震え、包丁を握った手も開かない状態だった。
刺した相手は、犯罪を起こしたことのない、ごくごく普通の人…。
過去にOZによって、唯一デュオだけがガンダムパイロットとして顔を晒されている。そのためあの戦争の時に戦死した遺族の恨みが、その死がデュオに関係が無くても、彼に集中してしまうのだろう。
しかしそう簡単に一般人に、工作員として訓練してきたデュオが襲われるはずがない。無抵抗で死を受け入れたのだろうか?
今だ青白いデュオの顔を見ながら、プリベンターから派遣されてきた五飛は眉を寄せた。
どんな時でもポジティブで、辛いときも歯を食いしばって耐えている、というのが五飛の中のデュオのイメージだった。だから無抵抗で死にたがるデュオなんて想像もできない。
カトルがデュオの様子がおかしかったと言っていたが、この事なのだろうか?五飛の表情が一段と険しくなった。
医者と警察、双方から話を聞き、そしてこれからの事を話し合っていたヒイロが病室に戻ってくると、すぐにベッドわきに置かれたパイプ椅子に座る五飛が話しかけてきた。
「何か新しい情報はあったか?」
「特に無い。早々に移動させて欲しいそうだ」
元ガンダムのパイロット。
それが入院しているのが知られれば、病院の中でまたあの事件の様な事が起こるかもしれない。それだけではない。陰に潜んだテロリスト共がデュオ狙ってくる可能性もある。
病院側はそれを防ぐ事は容易ではないし、他の患者の不安材料になる事は取り除いておきたいのだ。分かってはいるが、やるせない気持ちに五飛は、苦虫を潰したような顔になった。
病院の方はすでに準備してあるものの、今だ意識が戻らないデュオを動かしても大丈夫なのかと、ヒイロは考えていた。
あの基地から脱出した時は、ヒイロが肩を貸していたとはいえ、自分の足で歩いてた。しかし今回は出血が酷く、意識もまだ戻っていない状態だ。こんなことならば、サリィも連れてくれば良かったとヒイロは思った。
これからの事を五飛に相談しようとしたとき、デュオが目を覚ました。
まだ自分のおかれている状況が掴めていないのか、デュオはぼんやりとした表情で辺りを見回している。そして気づいたように起き上がった。
麻酔が切れたため痛むのだろう、まだ縫合したばかりの腹を押さえているデュオの顔は、まるで表情というものが無い。
「デュオ、大丈夫か?」
今まで見たことの無いデュオの表情に、心配になった五飛が、デュオに話しかける。
しかしデュオは表情も変えず、口を開く様子もなかった。
「デュオ?」
デュオの様子に流石のヒイロも眉を寄せる。
いつもの笑みでもなく、たまに見せる真剣な表情でもなく、バルジで見せた死を受け入れた顔でもない、まるでデュオの皮を被った違う生き物の様だ。
ヒイロは五飛に目配せし、2人は一旦病室を出た。
「頭でも打っておかしくなったのか?」
「医者の話では、腹以外の所に怪我は無いそうだ」
「…カトルが言っていた、デュオの様子がおかしいというやつか。とりあえず俺は医者を呼んでくる。やつを見ておいてくれ」
ヒイロは頷くと病室に入った。
先ほどと変わらずデュオはベッドの上に座っている。2人が部屋を出た事も、ヒイロが戻ってきた事も気にした様子はなく、視線は何を見ているのか、ずっと一点に集中していた。
普段ヒイロは、一方的に喋るデュオを煩わしく思ったりしていたのだが、黙っているデュオと2人きりはなぜだか気味が悪い。多分、表情が無いせいもあるのだろう。デュオは喋らなくても、顔全体で感情を表していた。今はそれが全て抜け落ち、人形のように顔が動かない。落ち着かない空気にいつものヒイロらしくなく、五飛が早く帰ってくることを願った。
診察したところ、デュオは特に問題は無かった。精神的なものだろうと医者は言う。直ぐにでも出ていって欲しいそうな雰囲気を出している医者は、それだけ言うと直ぐに病室から出ていってしまった。
「…とにかくデュオを移動させよう」
渋い顔をした五飛の言葉に、ようやくデュオが反応を示した。
「俺はいかない」
いつもの覇気はなく、か細いデュオの声。反応を示した事よりも、その言葉に2人は驚いた。
「デュオ!?一体どうしたんだ?」
「…俺の事なんて放っておいてくれて良かったんだ」
「デュオっ!」
ヒイロは五飛が喋るのを遮ると、デュオの頬を叩いた。かなりの力で叩いたのか、白い頬は直ぐに赤く染まる。
「みんながどれだけ心配したと思ってる!」
デュオは珍しく感情を露にしているヒイロの方を見ようともせず、相変わらず壁の方を見ている。それをいじけた態度とみなしたヒイロは、先ほどデュオを叩いた手をぎゅっと握りしめた。
「デュオっ!」
「…デュオ・マックスウェルなんて最初からいなかったんだ」
「!?何をいっている?」
今にも殴りかかりそうだったヒイロは、デュオの言葉に困惑する。
「いたのはこのコロニーで死んだ子供の幽霊。両親と一緒に死んだ…」
饒舌に語るデュオに2人はますます混乱した。
「平和だった街にある日連合軍がやってきた。それまではみんな普通に暮らしていたのに、街の中心部にはMSが配備され、軍服を着た奴らがそこらじゅうを闊歩しはじめた」
子供にお話を聞かせるかの様なデュオの口調は、淡々としていて、自分の体験と言うよりは、まるで作り話の様だった。
「そのうち、どこからわいて出たのか、レジスタンスを名乗る連中とドンパチはじめて、街はボロボロになった。住んでた家は壊れ、住んでた人たちはみんな、安全な場所を求めて逃げ回った。俺達家族はその時戦闘に巻き込まれた」
そこまで一気に言うと、また黙りこんだ。
ヒイロも五飛もなんと言っていいのかわからず、声をかけられないでいた。
デュオの過去。前、デュオが自分で語っていた話では、両親の話題は上がらなかった。
浮浪児のリーダーに、マックスウェル教会の人達。それと、プロフェッサーGに拾われてからの事。それが「デュオ・マックスウェル」を形成している過去の要素だったはずだ。
それに両親と一緒にいた記憶があれば、あのお喋りなデュオのことだ、みんなに喋らないはずはない。
小さな子供は、両親が一辺に死んだ事に耐えられなくなり、その記憶を消したのだろうか?そして、それを思い出したからといって、自分の事を死んでいると表現するのだろうか?
「急に両親の事を思い出して、混乱しているんじゃないか?落ち着けばきっと…」
「違う。違うんだヒイロ。デュオ・マックスウェルはデスサイズのパイロットとして作られた人間なんだ」
「?それを言うなら俺だって変わらない」
「そうじゃないんだ。前に話した過去は作られた記憶なんだよ。ガンダムを破壊してから、本当の記憶が戻ってくる代わりに、デュオの記憶が曖昧になってきてる」
「そんな馬鹿な!」
五飛がたまらず声を上げるが、デュオの表情は変わらない。
「後何日かしたらもうお前らの事もわからなくなってると思う。どうせ俺はガンダムを動かすパーツなだけだからな…」
だからほっといてくれと、デュオはベッドに潜り込んだ。
2人はどうしていいのわからず、黙ってデュオの潜り込んだ布団を見ていた。
そんな静寂を携帯電話のバイブ音が破った。五飛は胸ポケットから携帯を取り出すと、部屋のすみに移動した。
「もしもし?五飛?」
電話の相手はサリィだった。
「どうしたの?デュオは大丈夫?」
「…多分平気だ」
歯切れの悪い五飛の言葉に、サリィは首をひねる。
「何かあったの?あれから連絡もないし、トラブルでも起きたの?」
「デュオは喋られる位は元気だ。心配しなくていい…だが…」
「何だか五飛らしくないわよ。何かあったならはっきり言いなさい!」
サリィの母親の様な物言いに、思わず五飛は苦笑した。
「いや、取り合えずデュオを移動して、話はそれからする。長くなるかも知れないからな…」
サリィにすぐ話してもよかったのだが、今は移動を優先することにした。
移動した先で出会った浮浪児のリーダー?
違う。あれは、兄だ。教会の神父様もシスターも、本当は両親だ。
作られた記憶が剥がれ落ち、本当の記憶がわき出てくる。大切な家族は「デュオ」にとっても、大切な家族として役割を与えられた。
どこにでもいそうな家族四人。本当の記憶に上書きされた、嘘の記憶。
幽霊の自分は、もうとっくに死んでいるのだから、いつ死んでもかまわないのに、「デュオ」がそれを拒む。ヒイロの言う通り、少し混乱しているのかもしれない。
自分は「デュオ」のままでいたいのだろうか…?ガンダムのパーツでしかないのに?もう嘘の記憶は、ぼんやり薄れているのに?
住んでいた場所は、新しい家が建ち、新しい家族が住んでいた。そして記憶に残る街並みとは全く違う。こんな幽霊よりも、パーツだとしてもまだ仲間がいる、「デュオ」の方がましなのかもしれない。
いくら拒んでも死人に戻る他ないのに、溶けて消えていくしかない「デュオ」は、なぜそんなに抵抗するのだろう。幽霊は記憶の片隅で、ぼんやりと消えていく「デュオ」を眺めていた。
五飛とヒイロは病院で待機していたサリィに、デュオの状態を話した。サリィは信じられないと一言言うと、眉を寄せしかめっ面になった。
2人だって信じられないと思っている。だがデュオに何を言っても、何度聞いても、同じことしか言わないのだ。心の中を覗いたわけではないから、嘘か本当か解るはずがない。覗けるものなら覗きたい、と言うのが今の心境だ。
「とにかく、本人の話を聞いてみないと…」
頬に手をつき困った様な表情をするサリィは、病室の方へ目をやりため息をついた。
気絶している間に移動した場所は、前いた病室と変わらず白い部屋で、違うところと言えば、窓から見える風景と誰かが置いた花だった。
かろうじて残っている記憶が、横に座っている人はサリィだと教えてくれる。 「調子はどう?顔色は良くなってきたわね」
きっとあの2人から話を聞き、半信半疑なのだろうが、患者に気取られない様に明るく話かけてくる。しかしデュオはいつもの様に答えてはくれず、ただ頷くだけだった。
「…どうしてあのコロニーにいたの?急にいなくなったから、皆あなたのことを心配してたのよ」
「昔、あそこに住んでたから…」
「そう…でもねデュオ、皆に黙って行くのは良くないわ」
「…」
今度は頷くこともせずに黙っている。
「もう!静かにしてるなんてデュオらしくないわよ」
「デュオ」らしいとはなんだろう。もう薄れた記憶を辿る気にもなれない。それなのに皆は、「デュオ」でいることを強要してくる。
自分はただの子供でしかないのに…。
その事を正直にサリィに伝えると、彼女の表情は困った様に眉が下がった。
デュオの様子が気になり、ヒイロは仕事が終わってから病室を訪ねることにした。サリィから聞いた話では、デュオの記憶は、自分達がデュオと話したときよりも、薄れているらしい。
デュオがいなくなったら、彼はどうするのだろう。そして自分はどうするのだろうか。
病室に向かう廊下で、ヒイロは延々と考えていた。
到着すると、入口の前で雑念をはらうかの様に頭を振り、ノックをしてから入室した。
デュオは窓を開け外の景色を眺めている。夕焼けに照らされたその顔に、ヒイロはデジャヴを感じた。
ヒイロが入口でぼおっと立っていると、それに気がついたデュオが振り向く。最近良く見た表情のない顔ではなく、良く知っているデュオの表情だった。
「よお」
片手を上げ、軽い調子で挨拶をしてくる様子は正にデュオで、ヒイロは今までの話が嘘の様に思えた。
「そんなところ突っ立ってないで、入ってくれば?」
「ああ…」
驚き固まるヒイロを招き入れると、デュオはまた窓の外を見はじめた。
「…こうやってお前と話すのもこれが最後かもな」
そう言って笑うデュオの顔は、少し寂しそうだった。
ヒイロがベッドのわきまでくると、デュオは口を開いた。
「家族を一気に無くした少年は、そのショックで感情を無くした」
ヒイロの方を見ることなく、デュオは淡々と話す。
「少年は怪我をしていて、自分もそう長く無いことをわかっていた。自分の体温が下がっていくのを感じながら、動かなくなった家族を前に座って、その時が来るのを待っていた。が、その時ある男に話かけられた」
デュオはそこで区切ると、一度深呼吸をした。
「どうせ死ぬなら体をくれないか?ってね」
おちゃらけた様に言うが、デュオの顔に笑みはない。
「少年は朦朧とした頭で、所詮体は入れ物でしか無いと頷いた。その後、少年の脱け殻に「デュオ・マックスウェル」が入れられ、少年は死んだ。そして「デュオ」は、ガンダムのパイロットとしての教育を施された」
少しの間を置いて、デュオはヒイロの方を向き、桟に手をかける。
「「デュオ」は体ごと、ガンダムと一緒にいなくなるはずだった。それがどういうわけか、五体満足で残っちまった…。でもガンダムが無くなった今、「デュオ」はもうすぐ消えて、死んだはずの少年が甦る…」
言い終わると、口許に笑みが浮かんだ。しかしその表情は今にも泣きそうに歪んでいる。
「お前はそれで良いのか?」
「良いも悪いも、どうしようもないからさ…。俺は元々デスサイズの一部だし」
デュオは諦めたように肩をすくめた。
「お前の意思は?本当にそれでい…」
「ストップ!」
ヒイロの言葉はデュオに遮られる。
「さっき話しただろ。この体は借り物なんだよ。それに「デュオ」という人格は、ただのプログラムでしかない」
デュオの話を聞いても、機械人形の部品でしかないと自分に言い聞かせ、生きることを諦めているようにしかヒイロにはみえない。しかしだからといって、何か解決策が有るわけでなく、ヒイロは何もできない自分に苛立ちを覚えた。
そんなヒイロに気がついたデュオは窓から離れ、ベッドの向こうにいるヒイロの前に立つと、強く握りすぎて白くなっているヒイロの手をとった。
「俺の事気にしてくれてありがとな。もう皆に会えないと思うからさ、お前からお礼言っといてくれよ」
「断る」
デュオの言葉に、ヒイロはきっぱり言い放つ。
「お前が自分で言うんだな」
「…酷いやつだな」
堪えきれなかった涙がデュオの頬を伝う。一粒流れると、堰を切ったように涙が溢れた。
「ありがとう」
涙顔のまま笑うデュオ。ヒイロはデュオが掴んだ手とは反対の手で、デュオの涙を拭った。
「ヒイロ、屋上行こうぜ」
デュオはヒイロの手を引き病室をでると、迷うことなく上を目指し、腹が痛むのも忘れ階段を駆け上がる。屋上への扉を開くと、周囲に高い建物がないせいか、星が良く見えた。
「きれいだな…」
2人は床にそのまま寝っ転がって星を見上げた。
ほんの少しの時間しか一緒にいなかったけれど、心配してくれる仲間がいて、幸せだとデュオは思う。それと同時に、1人取り残される少年が心配になった。
大切な人も知り合いもいないこの世界で、癒えない傷を持った彼は、孤独のまま生活せざるを得ない。そしてもう死んだはずだった彼は、すでに生きる事を放棄している。
「デュオ」の嘘の記憶と、大切な仲間達や現在進行形の本当の記憶。それに比べて少年の記憶は、彼を残し家族が死んだ時のままで止まっていた。
必死に記憶を繋ぎ止めているデュオを尻目に、彼はあの場所にあの時と同じ様に座り込み、死が来るのをずっと待っている。
そんな彼の事を考え、黙ってしまったデュオに心配になったのか、ヒイロは繋いでいた手に力を入れた。
「…デュオ?」
「悪い…ちょっと考え事してた」
お節介な彼の事だ。自分が消えかかっているのに、体の本来の持ち主の事を考えているのだろうとヒイロは思った。
「あのさヒイロ…」
だからデュオが続けたい言葉が容易にわかる。
「お前は本当に馬鹿な奴だ…」
「ほんと。自分でも呆れるぜ」
同時にわざとらしいため息を吐くと、2人は顔を見合せ吹き出した。
星空の下、2人はたわいない会話を繰り広げる。それは2人の最悪な出会いだったり、ピースミリオンでの再会だったりで、如何にデュオがヒイロに振り回されたかを、デュオは面白ろおかしく熱弁していた。
空が明るくなり始めた頃、デュオの声に眠気が帯びてくる。
「ヒイロ…付き合ってくれて本当にありがとな…それから…」
言い切らずに眠ってしまったデュオ。
きっと星達と一緒に、自分達よりも一足も二足も速く、先へ行ってしまったのだろう。横に眠るデュオの顔は余りにも穏やかで、その表情が余計に涙を誘った。
消えていく星々を見ながらもういない彼と、彼が残した少年のために、ヒイロは生まれてはじめて祈りを捧げた。
20100810