久しぶりに見た夢の内容にデュオは飛び起きた。
鼓動は速くなり、脂汗が気持ち悪い。デュオは深呼吸すると、震える手を無視して、袖で汗を拭った。
休めるときに休んでおかないと、いくら体力に自信があるデュオでも、さすがに辛くなってくる。それにこの手の震え。無視したは良いが一向に収まる気配がない。
目をつぶると先程見た夢を思いだし、余計に気が休まらない。デュオは軽く舌打ちをすると、気分転換をするため、ベッドを抜け出した。
ピースミリオンでは自分が休んでるからといって、他の人が休んでいるとは限らない。今は誰にも会いたくないので、なるたけ人気の無い道を進み、整備が終わり静かに出番を待っている相棒の元へ向かう。
薄暗いままのコックピットに座って、気分を鎮めるように操縦桿を握り目を閉じると、あれだけ煩かった鼓動も震えていた手もピタリ止んだ。
戦争が終わり必要なくなったガンダムと別れてから1年。定住せずにふらふらと暮らしていたデュオは、今はヒイロと暮らしている。
一緒に住んではいるものの、デュオの仕事柄、家にいることはそう多くはない。ヒイロは快く思っていないようだが、デュオとしてはそれがありがたかった。
ヒイロと一緒に住みはじめてから頻繁に見るようになったあの夢。
あの夢を見るたび何だかわからない不安に押し潰されそうで、そんな弱々しい姿を、好きだからこそヒイロに見せたくないし、心配させたくない。
だからここ最近デュオは必要以上に仕事を入れ、家へ帰ろうとはしなかった。
ヒイロは、デュオの様子がおかしいことに勿論気がついていた。
たまに会うデュオの表情は硬く、いつも以上に笑う。その笑顔も普段とは違う、どこか影のあるもので覇気がない。そして会話をするときもヒイロの視線を避けるかの様に、デュオは目をそらしていた。
デュオ本人に理由を聞こうとはしているのだが、必死に隠している姿を見ると、ヒイロも無理には聞けないでいる。何かきっかけでも…と思っていた矢先のことだった。
ヒイロがリビングで読書をしていると、キッチンの方からガラスが割れる音と共に鈍い音が聞こえてきた。
音の発信源はこの家のもう1人の住人であるデュオに間違いなく、ヒイロがキッチンへ行くと、流しの前は割れたグラスの破片と、中に入っていたと思われる水が飛び散り、その脇には青い顔をしたデュオが倒れていた。
幸いガラスで怪我はしていないようだが、声をかけても、揺すってもデュオの反応がない。
床の掃除を後回しにして、デュオをベッドへ連れていこうと抱き上げたとき、ようやく目を覚ました。
まだ自分の状況が飲み込めないのか、目をぱちくりさせながらヒイロの顔を覗き、何が起きたのか思い出すとデュオは飛び起きた。
「あっ…ごめん。今片付けるよ」
「いい。ここは俺が片付けておくからお前は休め」
慌てて破片を片付けようとするデュオを止める。
「でも…」
「顔色が悪い。また倒れて怪我をしたらどうする」
言葉を遮るヒイロに「ごめん」と一言残し、デュオはキッチンを去り、ヒイロが破片を拾い始めると、ぱたんと扉の閉まる音が聞こえた。
一通り掃除が終わり、デュオの様子を見るため静かにドアを開けてみると、ベッドの上で体を小さく丸めて眠っているようだった。
体からずり落ちた布団をかけてやるため近づくと、デュオの表情は寝ているのに硬く、じっとりと汗をかき、手はぎゅうと握りしめている。念のため熱がないか額を触るとビクリと体を震わせた。熱はないようだが、硬く拳を作っていた手が開き、何かを追うように伸ばされる。小さく何かを呟いているが、呻き声が混じって聞き取れなかった。
デュオの震えている指先をヒイロが握ると、冷たく冷えきった手が握り返してくる。ヒイロの手を離すまいと力強く握り安堵したのか、硬かった表情も穏やかになり、苦しそうな呻き声も消えた。
離してしまうのはかわいそうだとヒイロはそのままベッドの端に座り、汗で額に貼り付いた前髪をどかしてやる。徐々に戻ってくる手の体温に安心したヒイロは、先程のデュオの様子を思いため息をついた。
デュオが目を覚ますとすでに部屋は真っ暗になっていた。寝ぼけが取れて徐々に覚醒していくと、がっしりとヒイロに体を抱きしめられているのに気づいた。デュオが起きたことにも気がつかず、スヤスヤと気持ち良さそうに眠る顔。
ヒイロの顔をきちんと見るのはいつぶりだろうか…。
久しぶりにマジマジと見たヒイロに愛しさが込み上げるのと同時に、自分の弱い部分に腹が立つ。デュオはヒイロの背中に腕を回し抱きつくと、胸元に顔を埋めた。
ヒイロから伝わってくる熱が心地よくて、このまま眠ってしまいそうになる。うとうとしていたその時、ヒイロが呼び掛けてきた。
「大丈夫か?」
ヒイロの優しい声に涙がでそうになる。デュオは言葉が詰まってしまい、頷くことしかできなかった。
「…何が怖いんだ?何がそんなにお前を怯えさせる?」
「…」
少し考えてからヒイロは質問するが、デュオは答えようか迷っている。ヒイロの背中に回した手をぎゅっと握りしめると、ようやくデュオは固く閉じた口を開いた。
「夢を見るんだ」
それだけ言うとまた考えるように口を閉じてしまったが、ヒイロは焦らずにデュオを待つ。
「…俺の大切な人が、みんな消えちまって、俺1人だけなんだ」
「暗い、真っ暗な世界に1人残されて…お前も…」
夢を思い出したのか、デュオの震えがヒイロにも伝わってきた。
「デュオ、俺はお前をおいてどこかに行ったりはしない」
デュオの頭をヒイロが優しく撫でる。
「…」
「絶対に。…約束する」
「…」
「デュオ、俺を信じろ。お前が嫌がってもずっと側にいる」
ヒイロの言葉にデュオはこくこく頷いて返事を返した。
「もう怖がることはない」
ヒイロがデュオを強く抱きしめると、デュオも抱き返してくる。
「…ヒイロ、ありがとな」
ちょっと鼻声になっているデュオの声が、デュオが泣いている事を教えてくれた。
「俺もずっとお前一緒に…」
言葉の続きは一定のリズムを刻む寝息に呑まれてしまったようだ。
最近は無理な仕事と夢のせいでゆっくり休むことができなかったのだろう。ヒイロが胸元に張り付いたデュオの顔を覗くと、いい夢を見ているのだろうか、ヒイロと暮らしはじめてから全く見なかった笑顔を作っていた。
20100621