しゃれの話




必要最低限の家具しかない部屋に置いてある、ひときわ目立つカラフルな雑誌たち。スタイル抜群な女性たちが各々ポーズを決めている表紙はグラビア誌ではなく、 女性向けのファッション誌。
もちろんデュオのもの、ではなくヒイロが最近熱心に読んでいる雑誌たちである。
なぜヒイロが?と思うかも知れないが、何ごとにも完璧を求めるヒイロはデュオのファッションにも妥協を許さない。下着から普段着はもちろん、スキンケアまでヒイロがすべて口を出している。デュオはずっと男として生きてきたせいか、そんな事に全くもって興味がなく、むしろヒイロの行動をうざったく感じている。しかし文句を言っても倍返しされ、抵抗しても力で勝てるはずもなく、結局ヒイロの良いようにされてしまう。抵抗するのは体力の無駄と悟ったデュオは、最近ヒイロの好きなようにさせていた。

ところがいきなりヒイロがネイルアートにこりはじめ、これが今デュオの悩みの種となっていた。
最初は爪を整えて磨いたり、甘皮を切ったりするくらいだったのでたいして気にならなかったのだが、今は何をするにもごてごてした爪が邪魔くさくてストレスがたまる。更にじっとしているのが嫌いなデュオにとって拘束されている時間は、苦行以外の何ものではなく、今までヒイロの好きなようにさせていたデュオの堪忍袋の緒が切れ、ヒイロ本人に直接不満を言っても無駄だと十分にわかっているデュオは、ヒイロが留守にしていた少しの間についに家出をした。と言っても2人が住んでいる所から、徒歩20分の五飛の家にお世話になっているのだが…。本当はカトルやトロワの所へ行きたかったのだけど、無断で仕事を休むと後が怖い。だから仕方なく五飛の家に厄介になっている。

「デュオ、貴様だらしないぞ!」
ごろごろしながらテレビを見ているデュオに、おでこに青筋にたてながら怒鳴る五飛。せっかくうるさいヒイロの拘束から逃れてきたというのに、だらしないことが大嫌いな五飛からまたお小言を言われる始末。
お世話になっている身分、あまり文句を言っていられない。それに五飛のことだ、ちょっとでも文句をいったのならば、すぐにでも追い出すだろうことは目に見えている。なのですぐデュオはお行儀よく姿勢を正した。
「それで、ここにいることはきちんとヒイロに言ってあるのだろうな?」
「はあ?家出してきたのに何でヒイロに言わなきゃなんねーんだよ」
デュオの返事に五飛は思わず持っていたカップを落としそうになる。家出なんてデュオが家に来た時に一言も言っていなかった。
「ちょっと世話になるぜ!」
なんて言ってきたデュオを軽い気持ちで受け入れた自分に後悔した。
あの2人の馬鹿らしい喧嘩に巻き込まれるのは、職場で散々迷惑を被っている五飛としては勘弁してほしいところだ。これから起こりそうな事を考えるだけで頭が痛くなる。
「五飛どうした大丈夫か?」
額を押さえながら深いため息をつく五飛をデュオが心配するが、お前のせいだっ!と五飛は心の中で叫んだ。とりあえず落ち着こうとお茶を口に含んだその瞬間、普段あまり鳴ることのないインターホンが鳴った。確認しなくても誰だかわかるだけに、五飛はため息をつくのをこらえ重い腰をあげる。
「ヒイロだったら、俺いないって言えよ!」
とデュオは言うが、もうすでにバレてるだろと五飛は心の中でつぶやいた。

チェーンをつけたままドアを開けると、隙間からヒイロの青い目がこちらを睨んでいる。このまま閉じてしまいたい衝動を押さえチェーンを開けた。
「邪魔する」
ヒイロは簡素な言葉を一言残し、五飛が止める前に勝手にあがってリビングに向かう。玄関に取り残された五飛がリビングに向かおうとすると、デュオの大きな声が廊下に響いた。
五飛の住んでいるこのマンションは特別防音がしてあるわけではなく、極々一般的なマンションであり、あまり大きな音をたてられれば隣近所に聞こえてしまう。変な噂をたてられたらたまらないと五飛は急いでリビングに向かった。

五飛が部屋へ入ると2人とも異様な空気でにらみ合いながら向き合っている。殺るか殺られるか、ちょっとでも動けば殺られる!といった部屋の雰囲気に五飛が慌てた。
「お前ら、少し冷静になれ!」
2人の喧嘩に巻き込まれたくないのが本音だが、とにかく今はそうも言ってられない。あの2人が暴れたら、部屋は壊れ最悪死人が出る。そうしたらもう噂どころの話じゃない。
「だいたい喧嘩の原因はなんなんだ!」
「嫌だって言ってんのに、ヒイロのやつが俺の爪をごてごてにするんだよっ!」
ちょっと切れ気味の五飛が理由を聞けば、すでに切れているデュオが叫ぶ。
「重いし、キーボードは打ちにくいし、銃の手入れはできないし、ジャンクだっていじれないんだぞ!」
五飛の顔の前に爪を見せるように指をつきだすと、蛍光灯を受けラインストーンがキラキラと光る。
「そんな下らない事で喧嘩するな!」
元々沸点の低い五飛の怒りがついに爆発し、デュオよりも大きな声で叫んだ。
「貴様ら、そこに座れ!!だいたいヒイロっ貴様こんな爪で任務遂行出来ると思っているのか?遊んでいる訳ではないんだぞ!デュオも無抵抗でいるな!殴ってでも止めろっ」
さっき気にしていたご近所さんの事はすっかり忘れてしまったのか、五飛の説教は部屋中に響き渡る。普段は必要最低限の事しか喋らないくせに、説教が始まると長い。
普段からあまり表情の変わらないヒイロはいつも通りの顔で、いつも怒られているデュオはまた始まったよとげんなりした顔で、結局空が明るくなるまで五飛の説教は続いた。

後日、またお説教をくらいたくないデュオはなんとかヒイロに頼みこみ、ラインストーンも何もないシンプルなフレンチネイルにしてもらうことに成功し、説教オンステージをした五飛は、あの日の朝から数日にかけてご近所さんから白い目で見られる羽目になった。



20100321