墟の森に住む




マリーメイアの事件の数ヶ月後、デュオは突然姿を消した。一緒にジャンク屋をしていたヒルデにも一言もいわずに。ただいなくなる2、3日前から誰もいない場所をじっと見ていたり、何かを考え込んでいたらしい。
たったそれだけの情報ではデュオがいる場所のヒントになるはずも無く、ヒイロは途方にくれた。
孤児のデュオには戸籍なども無く、調べても無駄かと思ったが、L2にある学校に在籍していたらしい記録が見つかった。
それは今名乗っているデュオ・マックスウェルではなくただデュオの名前だけで括弧書きにマックスウェル教会と入っている。マックスウェル教会と言えば、焼き討ちにあったことで有名で、その事件があった後デュオの名前は消えていた。2年前に牧師の服を着ていたこと、マックスウェルと名乗っていることを考えれば相当思い入れがあった場所に違いないと思ったヒイロは、教会のあったL2のコロニーへと向かった。

1日目

戦争の爪痕が色濃く残るこのコロニーは、破壊されたままの建物が未だに手付かずの地区が残っている。大通りの瓦礫は流石に片付けられてはいるが、少し細い道は完全に埋もれていた。
この近所に住んでいる人の話では、今ここに住んでいる人はいないらしい。だが誰も住んでいないはずのこの場所に、何か気配を感じる。目には見えない誰かが生活しているようなそんな気配を。

目的地の教会は礼拝堂の入り口の部分が完全に崩れ落ち、入り口を探すために壁に沿って歩いていると、わずかに片付けられている事に気がついた。大きな物はさすがにそのままになっていたが、ガラスや小さな破片は無くなっている。居住区と思われる場所は比較的綺麗に残っていて、入り口の周りにはゴミの入った袋が置いてあった。
静かにドアを開けると目の前にあるテーブルにデュオが突っ伏して寝ている。起こさないように中に入り周りを見回すと、きちんと掃除されていて、食器や野菜が置いてありここに住んでいることが容易にわかった。
しかし修理してまで椅子を4脚置く必要があるのだろうか。それに古い食器に混じって新しいのが補充してあるのも気になる。他に人がいるならわかるが、デュオの他に人の気配が感じない。礼拝堂へ続くドアを開けようとするとデュオが目を覚まし声をかけられた。
「ヒイロ…?こんな所まで来るなんて何かあったのか?」
そう言って伸びをするデュオは最後に会った時と何ら変わりはない。ただ何故かサイズが合っていない牧師の服を着ていた。
「しっかしこんな辺鄙なとこに良く来たな〜。今コーヒーでも入れるから座ってろよ」
ヒルデが話していたデュオの様子とは違い、前と変わらない表情。
「どうして急にいなくなった」
ケトルに火をかけているデュオにヒイロが聞く。
「あー、そういや皆に言ってなかったか。何せここ片付けるのが忙しくてさ〜」
周囲を見回してからヒイロの前に座る。
「カトルが心配していた」
「何だヒイロはカトルに言われて俺んとこ来たのか?全くあいつは心配性だな」
ケラケラ笑いながら答えるデュオに、探すのに苦労したヒイロはムッとしながらさっき気になった事を聞く。
「お前の他に誰かいるのか?」
「ああ、そうそう。今出掛けてるみたいだけどな。帰ってきたら紹介するよ」
デュオはお湯が沸いたのを見て席を立つ。その後、出されたコーヒーを飲みながら他愛のない会話が続いた。
デュオに泊まって行けと言われたが、カトルにデュオを見つけたら連絡を入れると約束した事もあり、ヒイロは予約してあるホテルへと向かう。ヒイロが教会を出るときになってもデュオの同居人たちは帰って来なかった。

2日目

また気配を感じる。
昨日よりもはっきりとだ。
誰かが後ろを通り過ぎた気がして振り向くが、そこにはただ砂埃が舞うだけで誰もいない。昨日と違うのは気配だけではなく、瓦礫の山だったこの場所も少し変わっている気がする。
教会に着くと丁度デュオがゴミを片付けている所で、すでに同居人は出掛けた後だった。そして今日もヒイロがホテルへ帰るときになっても姿を見せなかった。
ヒイロがいると姿を見せない同居人に不振を持ち、少し考えすぎかとも思ったがカトルにその事を伝える事にした。そして話し合った結果、デュオはいつも通りでまだここに来て2日と言うこともあり、とりあえずもう少し様子を見ることになった。

3日目

瓦礫の間から視線を感じる。
その視線の方を振り向くと子供達ががじっとこちらを見ていた。ここへ来てデュオ以外の人がいるのを初めて見た。近所に住んでいる子供かも知れないが…。

教会に着くと女の人の声が聞こえてくる。デュオの同居人だろうか、窓から見える後ろ姿は修道服をきていて真っ黒だった。
デュオ以外の人がいることもあり今日はノックしてから入る。すると眠そうな目を擦りながら修道女にみつあみをしてもらっているデュオと目が合った。ヒイロに気がつくと照れくさそうに笑うデュオ。そしてあなたが起きるのが遅いからよ、と笑いながらたしなめる女性。そんな2人を見つめているヒイロにデュオが中へ入ることを進めた。
「始めまして私はヘレン。あなたがヒイロ君ね。デュオから話を聞いてるわ」
にっこりの笑って手を出してくる女性の名前に何か引っ掛かりを感じたが、ヒイロも手を出して挨拶をすると騒がしい音と共に少年が入ってきて、その後ろから静かに初老の男性が入ってきた。
埃まみれの少年は自分達よりも身長が低く、顔も幼い。男性の方はきっちりと黒い服を着てここの神父だということが容易にわかる。
まじまじと2人を見ているヒイロに気がつき話しかけてきた。
「こいつのお守りは大変だろ?デュオのやつ自分で何でもできる癖に、赤ん坊見たいにヘレンにやってもらってるんだぜ」
「ソロっ嘘言うなよ!ヒイロこいつの言葉信じるなよ!」
デュオとソロと呼ばれた少年が狭い部屋でじゃれあい、それを叱るヘレン。そしてその様子を笑ってみている男性。
まるで本物の家族の様だった。

4日目

ヘレンの名前を聞いた時心の隅に引っ掛かっていた物は、男性の名前を聞いた時に完全に取れた。
マックスウェル神父。
それとシスターヘレン。
この2人は教会が焼き討ちにあった時の被害者だ。

「でもヒイロ、君もその2人と喋ったんでしょ?やっぱり別人なんじゃ…。とにかくもう一度見てきて下さい。まさか幽霊とデュオが一緒に暮らしてるとは思えませんし…」
ヒイロ自身幽霊なんて非現実な物は信じていないが、同じ名前の人がまた教会に来るとは思えない。それに教会は新たに別の場所に建てられていた。ではあの2人は一体誰なのだろうか。まさかデュオを含め全員が嘘を吐いていたとは思えなかった。

瓦礫の中を走り回る子供。この街を復興させようと奮闘する大人。
初めてここに足を踏み入れた時と全く違う活気溢れた街。まるで狐につままれた様な感じだった。
外から教会の中を覗くとデュオとマックスウェル神父がジャガイモの皮をむいている。楽しそうにしているデュオは、大きな服を着ているせいかいつもより幼く見えた。
今日こそ泊まっていけと言うデュオの言葉に、ヒイロは何かわかるかもしれないと肯定することにした。

「…あの人たちは一体誰だ。何故死んだはずの人がここにいる?」
夜、狭いベッドに2人。互いの体温が心地よく、うとうとしているとヒイロが口を開く。
「何故人が住んでないはずのこの地区にいる?」
「何だ?いきなり何言ってんだよ」
言ってる事が解らないと言った顔をして困惑するデュオにヒイロは何も言えなくなった。

5日目

階段を降りているとデュオの怒鳴り声が聞こえた。ソロと喧嘩しているらしく、言い合いが続いていて部屋に入りにくい。ヒイロが躊躇していると、デュオが勢いよく扉を開け2階にかけ上がって行った。ばたん、と扉が閉まる大きな音が聞こえる。今デュオを追うのは得策じゃないと考えたヒイロはとりあえずソロに原因を聞くことにした。
「あんたが来てくれて本当に良かったよ。デュオは人の事ばっか気にして自分の事なんて全く考えてないんだ」
ヒイロが口を開く前にソロが喋り始める。
「自分が寂しいと思ってる事にずっと気が付かないふりをしていた。でも俺たちじゃ駄目なんだ。今デュオの事を頼めるのはヒイロ、あんたしかいない。だからデュオの事をよろしく頼む」
そう言ったソロの顔は真剣でとても大人びていて、もう一度念を押すようにデュオを頼む、と一言言って部屋を出ていった。

デュオの部屋に入ると、デュオはベッドに潜って拗ねている。結局ソロから喧嘩の原因を聞けず、何でデュオが怒っているのか解らないが、取り敢えずベッドに座る。
「…いつでも一緒にいるって言ったのに」
布団の中からデュオの呟きが聞こえてくる。まだ泣いてはいないようだが、今までに見たことのない弱気な発言にヒイロは戸惑う。どうして良いのかわからず、布団からちょこっと出ているデュオの頭を撫でてみる。それを受け入れて素直に撫でられいるデュオはまるで子供のようだった。

6日目

昨日確かにデュオの部屋のベッドで寝ていたはずだった。しかし今2人がいるのは十字架のモニュメントのが建っているわきだった。辺りを見回しても昨日まであった瓦礫の街はなく、新しい建物が建ち始めていたり更地になって、崩れた建物は全く無い。このすぐ横にあるモニュメントを確認すると、それはマックスウェル教会の慰霊碑だった。
寝ていたデュオが目を覚まし、立ち尽くすヒイロの横に立ち上がり辺りを見回すと、その場に泣き崩れた。
「どうしてみんな俺をおいて行くんだよ…何で…」
誰もいない所に手を伸ばしおいていかないで、と泣くデュオ。ヒイロには見えない誰かを追うように。
「また1人になっちまった…。もう1人は嫌なのに…」
ふらふらと立ち上がりどこかへ行こうとするデュオをヒイロは抱きしめる。
「離せ!お前がここに来たから…!お前のせいでまた俺は…」
ヒイロの腕がから逃れようと暴れるデュオを逃すまいと腕に力を入れ、赤ん坊をあやすように背中を軽く叩く。
「お前は1人じゃない。俺がいる。カトルもトロワも五飛だっている。…だから戻ってこい、みんなのところへ」
「どうせみんな俺をおいて行くんだ…いつもそうだった。…お前だってそうだ」
「デュオ、信じろ。俺が一緒にいてやる」
「…嘘だ。お前は俺を置いて行った!お前の言葉なんて信じられるか!!」
嘘だ、嘘だと泣き叫ぶデュオをヒイロは一度強く抱きしめてから、頬に手をやり目を合わせもう一度同じことをデュオに言った。
すると突然デュオの体から力が抜けヒイロの方へ倒れてくる。それをヒイロが抱きとめるとデュオは肩に顔を埋めた。
濡れた感触から静かに泣いているのがわかる。ヒイロはデュオの脱力した体を支え、慰めるように頭をなでた。

7日目

昨日は泣き疲れ寝てしまったデュオを背負ってホテルの部屋へと連れて帰りベッドに寝かすとすぐにカトルに連絡を入れた。
五飛だったら信じないだろう、まるで夢でも見ていたかの様なあの体験を話し、あまりに非現実的な出来事に、さすがのヒイロも疲れを感じて通信後すぐに寝てしまった。
カーテンも閉めず眠ってしまったため、人工の朝日が窓から入ってヒイロは目が覚めた。
デュオも目が覚めたらしく、昨日泣いたせいで腫れてしまった目を擦っている。そのせいで機嫌の良し悪しがわからなかったが、昨日のように泣き叫んだり暴れたりする様子もなく、落ち着いたようだった。
ヒイロが何か飲むものを用意しようとベッドから立ち上がろうとすると、デュオはヒイロの袖をつかみ首を振る。行くなと言うことらしく、いつも良く動く口を閉じて目だけで訴えてきた。
普段とは違う無口なデュオ。少し潤んだ瞳で見つめているその姿は甘えん坊の子供のようだった。そんなデュオを静かにヒイロは抱き締める。デュオを安心させるように。そして呪文の様にずっと一緒だ、と何度も耳元で囁いた。
ようやくヒイロの言葉を信じる気になったのか、デュオはヒイロを抱き締め返す。そして肩に顔を預けてくるデュオの背中をヒイロは優しく撫でてやった。

この日2人は、シャトルに搭乗時間の前にもう一度教会の跡地を見に行った。
ヒイロが初めて訪れた時のような廃墟はなく、何台か重機が道を整備している。家も商業施設も建ち始め働いている人の声、作業の音、凄い活気があるとは言えないがあの時とは全く違った。
そしてモニュメントの前に立つ。
昨日見たときと何ら変わりなくそこに立っている。
ヒイロは一昨日までの出来事を思い出しながらそれを感慨深く見つめ、隣に立っているデュオは泣くのをこらえている様だった。
しばらくそのまま立ち続けていたデュオがいきなり自分の頬を気合を入れる様に叩き、後ろを振り向かずに1人もと来た道を戻る。振り向きざまに見えたその顔は先ほどの潤んだ瞳は無かった。
ヒイロがそれを追いかけようと振り向くと、デュオのわきを手を振りながら笑顔で走り去るソロが見えた。



20100112