面の月




ヒイロの学校が休みになったら地球へ行こうと約束をしてから時間が経つこと数ヶ月、2人はヒイロの夏休みが始まると共に地球に降りて、只今海の上でバカンス中なはずなのだが…。

今2人がいるのは海の上、に浮かんだハワードのサルベージ船で、デュオと2人で地球観光を考えていたヒイロの予定は脆く崩れていった。
けっして砂浜で追いかけっこや1つのグラスにストローが2本…、なんて似合わない事がしたかったわけじゃない、ただ2人でゆっくりのんびりと過ごせれば良いと思っていたのに、現実は汗にまみれた男たちとの集団生活…。しかもデュオはその集団の中であっちこっちと動き回って忙しそうにしている。ヒイロは特にする事もなく、1人潮風を浴びながらぼーっと水面を見ていた。

「もしかして熱射病になったか?」
どのくらい呆けていたのか後ろにデュオがいることに話しかけられるまで気がつかなかった。
「いや…大丈夫だ」
「良かった。ぼーっとしてるから心配しちまったぜ。ぶっ倒れないようにきちんと水分補給しろよ」
そう言うとデュオは水滴のついたボトルをヒイロに渡す。
「デュオ…」
「あっ!ハワードに呼ばれてんだった、また後でな!」
飲み物だけ渡して走って行ってしまったデュオ。せっかく2人で旅行しているのに1人置いてきぼりなヒイロ。さっき伝えたかった言葉を水と一緒に飲み込んでまた海へ視線を戻した。

それから夕飯になるまでデュオはヒイロの所へ来なかった。
「さっきは悪かったな。何か言おうとしてたろ?」
「…いや」
仕事が終わりみんなが集まっている食堂で言いにくいのかヒイロは黙ってしまう。
「今日のヒイロなんか変だぜ…もしかして船酔いした?」
「してない。食べおわったら話す」
「そっか。俺も見せたい物があるからさちょっと付き合ってくれよ!」
スプーンを振り回しながら喋るデュオにヒイロが注意をすれば、周りに座っているクルーがからかいだし食堂は大騒ぎになる。そんな様子に旅行の日程をデュオに全部任せず自分が決めれば良かった…とヒイロは気がつかれないようそっとため息をついた。

食事が終わりデュオをと別の場所へ行こうとしたヒイロは逆に腕を引っ張られた。デュオに連れられ外へと出れば空には月がすっかり登っていて、昼間暑かったのが嘘の様に今は涼しい風がふいている。
「お前も寝っころがれよ」
いきなり横になったデュオはヒイロを誘う。
「やっぱ地球で見る月はいいな…。お前あの時全然見てないだろ?」
寝ようかどうしようか迷い、結局ヒイロはデュオの横に座り空を見上げた。
「相棒のパーツ盗んでとっとと行っちまったもんな」
デュオがケラケラと笑いながらヒイロを横目で見れば、まるで何もなかったようにすました顔で月を見上げている。少しはすまなさそうな顔をしろよ、と口を尖らすデュオにヒイロはちらり視線を送ると直ぐに月に視線を戻す。ヒイロにそんな事を求めても無駄だとわかっているのに、言わずにはいられない自分に舌打ちをし、気持ちを切り替える様に深く息を吐いた。
「今日は悪かったな。騒がしくってあんま落ち着けなかったろ?あの時任務、任務でさ忙しく動いてたヒイロにどうしても海の上の月をゆっくり見て欲しかったんだよ…。んでハワードに頼んだらタダじゃ乗せないって言いはじめてよぉ…」

「…ありがとう」
らしくないヒイロの呟きに思わずデュオの口が閉じる。固まってしまったデュオの顔に冷たい風があたり我にかえると、顔が真っ赤になってあまりの恥ずかしさに顔を両手で隠し、言葉にならないうめき声をだす。
「どうかしたのか?」
デュオの様子が気になったヒイロが声をかけるが、お前のせいだよ、とデュオは心の中で叫ぶと何でもないと頭をかいた。
「ま、まあとにかく海の上にいるのは今日だけだからさ、しっかりと目に焼き付けておけよ!」
まだ照れているのか早口で言うデュオにヒイロは少し口角を上げると、デュオと同じように寝っころがって月を見上げる。
2人の間に沈黙が流れた。それは決して居心地の悪いものでは無く、揺ったりと心地の良いものだった。

そんな静寂を壊す様に2人を呼ぶハワードの声が遠くから聞こえデュオは体を起こし伸びをする。
「どうやら宴会でも始めるみたいだな。っとそういや俺に言いたいことあったろ?」
「いや、もういいんだ…」
いまだ寝ているヒイロに釈然としない顔をしてデュオは立ち上がる。
「変なヒイロ!さてと、とっとといかないと酒がなくなるぜ」
デュオがヒイロの手を取り無理やり立たせると、そのまま引っ張り鼻歌を歌いながらハワード達がいる場所へ向かった。